2009年02月23日

十五  灼熱のポンタロス

黒々とした低い雲から、シャワーの様に冷たい雨が地上に降り注いでいた。まだ昼前だというのに、太陽の光は分厚い雲に遮られ、辺りは夕暮れのように薄暗い。

五月十二日。五月二番目の日曜日はあいにくの天気と、事件に見舞われていた。

遠くから消防車と救急車のサイレンが近づいて来ていた。

「二つ!」

怒りの込められた叫び声と共に、空気に焦げ跡を残すような高速の蹴りが炸裂し、緑の物体が中を舞う。その物体は地面にたたきつけられる前に空中で発火し、紅蓮の炎に包まれた。

断末魔の叫びだろうか。生木が裂けるような音が、周囲に木霊した。蔦怪人の最期だ。

その蔦怪人を振り向くことなく、深紅のバトルスーツ姿、ポンタロスへと変身した唐手は拳を硬く握りしめた。倒すべき敵はまだ残っている。

ポンタロスの全身が燃えさかる炎に包まれていた。その熱量によって、降りしきる雨はポンタロスの体に触れることなく蒸発している。ポンタロスの周囲に蒸気が立ちこめる程だった。

怒りの爆炎。

ポンタロスの全身が高熱の炎に包まれる特殊装備で、ポンタロスに変身した唐出の怒りが頂点に達すると発動する。

灼熱のポンタロス。その異名は伊達ではなかった。

ポンタロスが炎の嵐となって吹き荒れる度に、緑色をした物体、蔦怪人がはじき飛ばされ、炎が踊り、奇っ怪な断末魔が響き渡った。

ポンタロスの後ろに三つの炎の固まりがあった。二つは倒され燃え行く蔦怪人。もう一つは火を噴く白いセダンだった。

浜松市役所前。燃えさかる自動車と蔦怪人、そしてポンタロスと未だ健在の蔦怪人を、車と人の群れが遠巻きに取り囲んでいる。残りの蔦怪人は3体。

唐手の脳裏に先ほど見た光景が蘇る。

燃えさかる車から距離を置いた路上で、右腕を押さえ額から血を流した男性が、心配そうにその傍らで横になっている女性を見つめている。三歳くらいだろう。一人の女の子がその女性の胸にしがみついて泣きじゃくっていた。

「許さん!」

ポンタロスは両手を大きく開き、天に向けて突き出すと、手のひらを合わせ、ゆっくりと胸の前まで下ろし、大きく息を吐いた。全身を包んでいた炎が身を潜め、冷たい雨がここぞとばかりにポンタロスの体を打つ。

ポンタロスの合わせた両手の辺りで、空気の層が揺らいだ気がした。その姿は、合掌している仏像のように、穏やかな雰囲気を漂わせていた。

蔦怪人達には、仲間をやられて戦意を喪失した気配はなかった。むしろ戦いの雰囲気に飲まれ、興奮しているようだった。ポンタロスの構えを目にしても、ひるむ様子はなかった。

黒板を爪でひっかいた時のような、耳障りな叫びを上げながら、蔦怪人達がポンタロスを取り囲み、じりじりとその距離を詰める。両腕から鞭のように伸びた緑色の蔦が、アスファルトの上で、意志ある物のようにのたうっている。

ポンタロスの正面に位置する一体は、他の二体より一回り大きく、両肩から大根のような葉が生え、その胸にはテロリストがその危険性を誇示するために身につける手榴弾のように、拳大のキウイフルーツを思わせる固まりがいくつもついていた。

倒した二体も含め、他の蔦怪人とは纏わせている雰囲気が明らかに違った。この一体がリーダーなのだろう。

そのリーダーが、木がきしむような音を発すると同時に、二体の蔦怪人が左右からポンタロスを襲う。右側の一体はポンタロスに飛びかかり、左の蔦怪人は両腕の蔦でポンタロスを横からなぎ払う。

二体の攻撃がポンタロスに触れる瞬間、居合い抜きの達人の立会を彷彿とさせるように、ポンタロスが静から動へと転じた。

急激に。しかし、ごく自然に。

蔦怪人達には、ポンタロスの姿が消えた様に見えた事だろう。

飛びかかってきた蔦怪人は、標的を見失ってバランスを崩した所へ、一体の怪人によって繰り出された蔦の直撃を受け、独楽のように激しく回転しながら路面にたたきつけられた。

仲間をたたきつけてしまった蔦怪人が、慌てた様子で周囲を見回す。果たしてその目にポンタロスの姿は映ったのだろうか。今度はポンタロスの強烈な蹴りを受け、先ほどの蔦怪人と同様にくるくると宙を舞うと、激しく路面に激突して動かなくなった。

瞬き一つする間に、二体の蔦怪人は動かぬ固まりと化した。

狼狽した様子のリーダー怪人の真横から、ポンタロスの声がした。蹴りを放った後、光速をしのぐ速さで移動していたのだ。

「バーニングハンド!」

一瞬で間合いを詰めたポンタロスの、合掌した両手から白い炎が吹き出した。

その手でリーダー怪人の片腕を掴む。瞬間、掴まれた腕から白煙が上がると同時に、木の焼け焦げる匂いが辺りに立ちこめた。

リーダー怪人が奇っ怪な声を発して反撃を試みたが、それより速くポンタロスの脚払いを喰らって地に転がされるのと同時に、太い枝を絞り折るような音がした。腕を極められ、折られたのだ。

しかし、リーダー怪人に痛みを感じている余裕はなかった。

ポンタロスは折った腕を放すと、リーダー怪人の両足を抱え、空に向けて大きく放り投げたのだ。

ポンタロスは、きっと上空の怪人をにらみ付けると、両手をその眼前に高く付きだし、弓を引き絞るように体を開きながら右手だけをぐっと引いた。その両手を繋ぐように白熱の炎が一本の矢となって形を表す。

「フェニックスアロー!」

ポンタロスが右手をふっと緩めた瞬間、白熱の矢は命を得たとばかりに上空の蔦怪人へ向かって飛び出した。初めは一本の矢だったその形が、大きく羽根を広げて羽ばたく鳳、フェニックスへと転じ、蔦怪人を貫いた。

声もなく、全身を高熱の炎で焼き尽くされたリーダー怪人は、火達磨となって低い音と共に落下した。その体は既に黒く炭化していた。

「成敗完了」

雨の中に立つポンタロスの耳に、サイレンの音がひときわ大きく聞こえ、消えた。振り返れば消防車と救急車が到着していた。

無事であって欲しい。

蔦怪人を倒したポンタロスに出来る事は、後は祈る事だけだった。




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